概説
家族システムは文明とともに分化(differentiation)(進化といってもよい)を始め、多様性を獲得していくが、トッド(や、おそらくかなり人類学一般)によると、進化が始まる以前には、一つの単純なシステム(柔軟な核家族システム)が、世界を覆い尽くしていた。原始社会のこの単純で柔軟な家族のあり方を、このサイトでは、原初的核家族と呼んでいる。
*トッド自身は「未分化の核家族」等ということが多く、原初的核家族という語は用いていません。
後述の通り、原初の家族の特徴は「ひたすら柔軟である」という点にあり、そのあり方は、家族が「システム化以前」の状態にあることを示している。トッドや本サイトが、原初的核家族を「システム」と呼ぶことがあるのは、単に、便宜上の言葉遣いであることにご留意いただきたい。
核家族の「後進性」の発見
西欧に多く見られる核家族は、一般に「近代的な」(=「進歩した」)家族システムであると理解されていた。しかし、人類学は、従前から、未開人の集団の中には、西欧によく似た核家族システムが見出されることを報告しており、これは一種の謎と見做されていた(下はトッドの引用するレヴィ・ストロース)。
近代社会において一夫一婦婚、若い夫婦の独立居住、親子関係の温かさ ーーこれらは未開人の見慣れない慣習や制度の複雑に入り組んだネットワーク越しに認知することが、必ずしも常に可能ではない要素であるーーを特徴としているあの家族類型は、それでも最も初歩的な分化水準に留まり続けた(か、舞い戻った)と思われる集団の中のいくつかにおいて、明瞭に存在が証明されているように思われる。インド洋の島々に居住するアンダマン人、南アメリカの南端のフエゴ島人、中央ブラジルのナンビクワラ人、南アフリカのブッシュマンーーいくつかの例のみを引くに留めるがーーのような集団は、半放浪的な小さなバンドを作って生活している。政治組織はほとんど、もしくは全くない。技術水準はきわめて低い。‥‥ しかしながら、彼らにおいて社会構造の名に値する唯一のものは、家族であり、その家族は主に一夫一婦制である。現場で観察する研究者が夫婦のカップルを特定するのには何の困難もない。夫婦は、感情的絆、経済的協力関係、そしてまた彼らの結婚から生まれた子供たちの教育によって、緊密に結び合わされているのである。
エマニュエル・トッド「家族システムの起源I」(上・26-27頁)(出典はLevi-Strauss C,, La famille”, p94-95 )
イングランド人、アンダマン人、フエゴ島人、ナンビクワラ人‥‥という配置から、現代の核家族システムは、決して「近代的な」新しいシステムではなく、むしろ、かつて支配的であった古いシステムの残存であるという事実を突き止めたのが、エマニュエル・トッドである。
この発見は、家族システムの進化を基礎とした世界史の書き換えという壮大なビジョンをもたらす糸口となったものであり、トッドの業績の中でも、最大級のものの一つといえる。
*トッドが言語学の世界で確立されていた「周縁地域の保守性原則」(下図参照)の助けを借りてこの発見に至った経緯については、下の記事をご参照ください(関連箇所に飛びます)。

原初的核家族の類型
では、その原初的核家族とはどんなものなのか。トッド自身に説明してもらおう。
ここまで来れば、人類の原初的な人類学的システムを単純化し、理念型として記述することができる。
エマニュエル・トッド『我々はどこから来て、今どこにいるのか』(上・145-6頁)(適宜改行したー辰井)
家族は核家族である。けれども核家族型に教条的にこだわるわけではなく、若いカップルと年配の両親が一時的に同居することもあり得る。
女性のステータスは高い。親族システムは双系的、あるいは未分化と呼ばれ得るシステムで、母方の親族と父方の親族に、子供から見た世界の輪郭の中で同等のステータスを与える。
婚姻は外婚制で、本イトコよりも遠い関係の人々のうちに配偶者を求める。しかし、このルールにも教条的に固執するわけではない。離婚は可能。
兄弟たちや姉妹たちの家族同士の相互影響関係は強く、それがローカルな集団を構造化する。
どんな関係も完全に安定的ではない。家族も、個人も、分かれたり、再び結集したりする。
家族を超える集合には二つのレベルが存在する。
(a) 複数の核家族が、大抵は親族関係にある核家族だが、一つの移動グループを構成する。
(b) それらのグループがいくつもあり、おそらく1000人程度の人口が暮らすテリトリーにおいて、相互に配偶者を交換する。しかし、その境界線は多孔的で、かなり自由に出入りできる。
ヨーロッパ(とくにイギリスやオランダ)の核家族と原初的核家族は、他の地域が家族システムの進化によって獲得していった性格(縦型の権威、平等など)を、一つも持っていないという点は共通している。
しかし、原初的核家族が、「核家族であってもなくてもどっちでもいい」「必要があればどんな結びつきも可能である」という無限の柔軟性を特徴とするのに対し、イギリスやオランダでは核家族は規範となっている。
ヨーロッパの核家族は、現存の家族システムの中でもっとも未発達なものではあるが、「柔軟性」という原始の人間が持っていた(おそらく)最大の強みを失っていると考えると、その違いは重大かもしれない。
他方、アメリカはどうか。また東南アジアの核家族地域はどうか。この辺りは、トッドも、また本サイトも、明確な答えを見出していない領域と思われる。