さて、この2回の講義で、無事人類は狩猟採集を始め、世界史の教科書に載るところ、トッドの理論の守備範囲にまでたどり着きました。この先の人類史はトッドにお任せすることにして、最後に一つだけ補足です。
現在、私たちの大きな関心事である「気候」。
その気候と人類史の関係について、ごく基本的な知識を共有させて下さい。
現在の地球は、約260万年前(ホモ・ハビリスが登場する少し前でした)に始まった「第4氷河時代」の最中です。今はそれほど寒くないですが、それは氷期と氷期の間の間氷期(温暖期)だからです。
(氷期と間氷期)
第4氷河時代に入って以降、地球の気候は、約10万年周期で(長い氷期→短い間氷期)のサイクルを繰り返しています。
今の間氷期がいつまで続くかは分かりません。過去80万年の気候の調査結果によると、この80万年の間には11回の間氷期があり、それぞれ1〜3万年持続したと見られています。
ちなみに、現在の間氷期が始まったのは、約1万2000年前なので、長さだけでいえば、明日終わっても、さらに2万年続いてもおかしくない、ということになります。いろいろなデータを総合した予測では、温室効果ガスの排出量が大幅に削減されない限り、あと5万年程度は続くのではないかと考えられているようです。
「温室効果ガスの排出量が大幅に削減されない限り、あと5万年程度は間氷期が続く」というところで、「ん?」と思った方がいらっしゃると思います。そうです。これは、言い方を変えると、「温室効果ガスの排出によって間氷期が伸びている可能性がある」ということです。さらに言い方を変えると、「温室効果ガスの排出がなかったら、もうとっくの昔に氷期が来ていたかもしれない」ということでもあるのです。William Ruddiman(古気候学者)という人は、アジアにおける水田農耕の普及とヨーロッパにおける大規模な森林破壊、つまり産業革命のはるか昔、約8000年前からの人類の活動が「長い間氷期」をもたらしていると主張し、「ラディマン仮説」として注目されています(ラディマンの説には批判も多いようなのですが、「温室効果ガスの排出量が大幅に削減されない限り‥‥」という議論が普通にされているところを見ると、人間の活動が間氷期を延長させているという議論自体は広範に受け容れられているように思えます)。人間を中心に考えると、温暖化を防ぐのがいいのか、よくないのか、まったく分からなくなりますが、きっと、「人間を中心に考えるな」ということなのでしょう。
(農耕の開始)
約1万2000年前。そうです。それは、農耕牧畜が始まり、磨製石器が作られ始めたとされる新石器革命の時期です。私の手元にある世界史の教科書(2017年版)には農耕の始まりは「約9000年前」と書かれていますが、より古い時代に遡る発見が各地で相次ぎ、現在では、遅くとも約12000〜11000年前(紀元前10000〜9000年頃)には麦類の栽培が始まっていたと考えられています。
ところで、間氷期になると農耕が始まるのは、ただ「温暖だから」というわけではないようです。氷期から間氷期の変化とは、単に「寒冷→温暖」ではなく「寒冷で不安定→温暖で安定」への変化なのだそうです。来年も再来年も同じような気候が続くことが期待できる、ということが農耕の定着に不可欠な要件ですから、間氷期がもたらした気候の「安定」こそが、本格的な農耕の開始を可能にしたといえると思います(中川毅 『人類と気候の10万年史』(講談社ブルーバックス、2017年)第7章を大いに参考にしました)。
(都市文明の開始)
農耕の開始から数千年経った紀元前5000年紀頃から中国で集落の発達が確認され、紀元前3500年〜3000年頃までには、中国、メソポタミア、エジプトで都市国家が形成されますが、この背景にも、気候、というか、地学に関係する変化があったとされています。
間氷期に入って以降、地球上では、北半球の巨大氷床が融解を続けたために、海水面の上昇が続いていました。海水面が上昇するということは、海岸線の位置や河川の流れが変化し続けるということですから、人々は、生活に必要な「水」の近くに住みつつ、海岸線や河川の流れが変わるたびに洪水に見舞われ、移住を強いられていたと考えられます(下の絵はミケランジェロの『洪水』です)。しかし、その海水面の上昇は、約7000年前(紀元前5000年頃)に終わります。
間氷期の開始により農耕が始まったことに加えて、海水面が安定し長期の定住が可能になったことが、都市文明の幕開けをもたらしたのです。
「トッド入門」の準備としては、ここまで来れば十分です。
次回はいよいよトッドの学問に入っていきたいと思います。